底辺人間記録

底辺人間の行き場なき思考の肥溜め

仕事に必要な矛盾

仕事の役目

仕事の本質とは、それが人から必要とされていることだろう。必要とする人がいるから仕事として成り立つ。必要がなくなれば必ず消滅していく。仕事は必要という概念に完全に依存している。ところで、必要とはなんだろうか。必ず要すると言われると、「じゃあなかったらどうなるの?」と聞いてみたくなるタチなので、考えてみるに、それは概ね「なければ生きていくのが困難になる」というくらいなのではないだろうか。つまり必要とは言っても、なかったら人類が瞬時に滅亡するというほど必要ではない。あったら助かる、あったらみんな安全に長く生きられる、快適に楽に過ごしていける。仕事の役目とは即ちそこにあるのであろう。




仕事において願うべきこと

人の人生を支えるために仕事がある。それは裏を返せば、もしその仕事なしに人が自立できるのならそれに越したことはない。医者が願うべきは一人でも多くの患者を助けられることではなく、そもそも生きている誰しもが最初から最期まで健康体のままで何の病気も患わないことであろう。消防士が願うべきは一刻も早く火を消し止められ一人の犠牲者も出さないで済むことではなく、そもそもこの世界に火事など一件も起きないことであろう。自分達の仕事が多くの人の役に立つのではなく、誰も必要としなくなる。それこそが仕事冥利に尽きるというものであるはずだ。




現実と理想の板挟み

もちろん現実にはそんなのは無理である。それができたら誰も苦労しないし、この世には何の仕事も生まれることはなかっただろう。これはあくまで心構えで理想的な話である。職務を全うしようと生きる人は常にこの理想と現実の板挟みの中で仕事をしているはずだ。誰にも必要とされない社会になればいいと願いながら、現実的にはより多くの人の役に立てるように動く。必要とされている現実を生きながらも、きっといつかは…と願っている。




仕事に必要なこと

いつかは人の役に立たなければいいと願いながら、今は人の役に立ちたいと思って行動をする。それは矛盾であるが、どちらかが間違っていたり、どちらかをやめたりするべきということは全然ない。これはいわば「正しい」矛盾なのである。逆にどちらかを捨てると事態は歪んでいくことになる。人の役に立つなんて下らないと、仕事自体に意味を見い出せなくなったり、反対に人の役に立ちたい!という思いだけがひとりでに膨張し、必要としていない人にまでそれを押し付けたりする可能性が生まれてしまう。だから、仕事には常にその矛盾が「必要」なのである。




ところであなたそんなに仕事に情熱持ってるキャラでしたっけ?

お金稼ぎのためにしか働いてないです…。書いていることはいつもの思いつきです。許してください。