底辺人間記録

底辺人間の行き場なき思考の肥溜め

このブログにとっての出来が悪い記事とは

アップする時間はいつも通り改ざんしております

何も書きたいことが決まらないまま四時になってしまった。いやいや流石にやばいって。もうなんでもいいからとりあえず書けよ。そういう思いで今筆を進めております。書きたいことがないので書きたいことがないということを書いていく。記録というブログ名、実に便利。いや正直に言えば、昨日同様記事が上手くまとまらなかったのだ。別に綺麗な文章とか、分かりやすい内容とか、理路整然とした矛盾のない形式とか、そういうのを自分に求めていたわけではないのだけど、ただそれ以前の問題として、これは出せないわってレベルのものしか一向に出来上がらなかったのである。

 

 

このブログにとっての出来の悪い記事とは

これは価値がないな…。というものならまだいい。問題は、いやこれを出すくらいならもう筆を折るわ、というくらいに本当に出来が悪いのだ。だから代わりに今こうして、それよりはマシな価値のない「だけ」の文章を書いている。文章のレベルなど全く求めていないこのブログにとっての出来の悪さとは何を指すのかと言えば、それは記録の定義に反するような、心にも思っていない言葉を並べることである。ただその記事の雰囲気に流され、語感が良いのようなテキトーな理由で文章を繋げていく。言わずもがな最悪である。

 

 

本当に悪癖

書きたいことがない故の弊害である。書きたいことがある人ならきっとその主旨がブレることはない。またはブレても容易に修正ができる。書きたいことがない人は、そもそも主旨がない。だから書きながら主旨を探していくことから始めなくてはいけない。今までの記事は全てそのように執筆してきた。ただ時々探っても探っても何も見つからないことがある、でも潔く諦められない。すると何とか主旨「っぽい」ものをつくりあげられないかと考えてしまう。それで書いていくうちに、どんどんおかしな方向に進んでいく。一回も成功したことないのに、主旨が見つからない度にやってしまうこの悪癖本当に直したい。

 

 

一周年がすぐそこに!

それにしても、これだけ書いてきて未だに「書きたいことがない」と主張している自分に笑ける。流石に無理あるってとは思うものの、でも本当のことだからなぁ。書くことはしたいけど書きたいことはない。それでよくこれだけ書いてきたなと思う。私はむしろ自分を褒めるべきなのではないか。いや、それは一周年を達成した時にとっておこう。なんだかんだもうすぐそこまで来ている。今までの人生でこんなに一年が長いと思ったことはない。日常が過ぎていくだけの毎日ではなくなった。ブログをやってきてよかったと思える唯一のことかもしれない。

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