底辺人間記録

底辺人間の行き場なき思考の肥溜め

2022-02-01から1ヶ月間の記事一覧

世界は白黒ではなくグラデーション

グラデーションな世の中 世の中のたいていは白か黒かという風にはなっていない。だいたいの物事はグラデーションのように、それも綺麗なグラデーションというわけではなく、所々色むらがあったり、所々色がうまくのらなかったりと、均一に濃くなったり薄くな…

正しさは語るものではなく示すものと語る記事

正しいことはただ語っても意味がない 「~すべきだ」という語尾は大抵虚しい。それが遠くに無人称に向かって語られている場合は尚虚しい。なぜなら、すべきだと既に思っている人はもうその通りに行動しているはずであり、すべきだと思わない人にはいくらすべ…

お休みです

眠いのでお休みです。やっぱり調子が悪いみたいです。ゆっくり休みます。

分からないは優しさをつくり出す

他人は分からない 人というのは不可解なものである。その不可解さをあまり忘れてはいけないと思う、とくに他人に対して。他人を分かるなんてことは人間にはどう足掻いても無理である。長い間一緒にいる相手でも、たぶん三割四割分かっていればいい方で、面識…

お休みです

お休みです。憂鬱な日々が続いております。眠いです。休みます。

ブログのこちら側にいるしかないのは寂しいなという話

後味が悪い このブログでは常に自分を飾らず、心の根っこの部分から掘り起こして書いているつもりなのだが、それでも書き終わる度に「あぁ今日も書けなかった」と残るしこりみたいなものを毎回感じている。最近少しだけその正体がわかった。たぶんそれは自分…

成功と失敗と理由と運について

羨ましい 人生の成功者と言われるような人々がいる。今の時代で言えば圧倒的お金持ちがそうなのだろう。本屋に行けばいつでもそれに成る為の秘訣本がズラリと並べられており、およそどの本屋でも私の立ち寄る哲学のコーナーなんかより遥かに広い面積を占めて…

やっぱり生きときゃよかったと思わないために死なない

いずれ悪いこともあります 生きていればいずれいいことがある。これはただの綺麗事だ。現段階で将来に起きるであろういいことがいいことに思えないからこそ、死のうとする人がいるのだから、そんな言葉はその場しのぎの子供だましである。およそ説得にも慰め…

純粋な人付き合いには時間と労力が必要(当たり前)

スタートはみんなこれ 出会いは大抵不純な動機から始まる。なぜなら、出会う以前に出会うことはできないからである。出会う以前にそのものに出会いたいと思うことは不可能であり、それ故に全ての出会いはそのもの自体ではなくそのものが持つ一つの属性を欲す…

作品から何かを読み取れるようになりたい

感想が苦手 感想文を書く、感じたことを述べるといったことが私はひどく苦手である。学生の頃の読書感想文は七割をあらすじで埋め、残りの三割はただ面白かったと書けば済むものをかさ増しして仕上げていた。映画やアニメも同じ。そこから何か具体的なものを…

思考の断片よせ集め記事

初の試み この頃肩に力が入っているせいなのか、千文字を書くのがまた大変になってきているので、今日は何も考えずゆるーく書いていこうと思う。たまには、一記事で一つのことではなく、何の脈略も繋がりもないようなただただ日々の思考の断片を載せてみよう…

人生には長い目と短い目の両方が必要

長い目と短い目(こんな日本語ある?) 自分が百年二百年或いはそれ以上生きられるとしたら、今の生き方を変えるだろうか。或いは逆に今日や明日にでも死んでしまうとしたらどうだろうか。後悔のない人生を歩みたいのなら、この長い目と短い目(?)の両方からの…

ブログの宣伝を三日でやめた話と底辺について

底辺の意味 底辺。私はそれをこれ以上落ちることのない安心として使っている節があるのだけど、世間的にはどうやらそういう意味は全くないらしい。ブログの名前にしたのも、これ以上私の人生は変わらない、変わったとしても私は変わらない。そんなようなこと…

カフェが好きとカフェが好きな自分が好きの関係

カフェが好き カフェが好きだ。カフェで人生について思索したり、読書したり、ブログを書いている時間が何より好きだ。お店の雰囲気とカフェ独特の匂いに浸りながらコーヒーを片手に。あぁ幸せとはこのことか、カフェにいる自分は最高だな、とそう思わずには…

お休みです

バレンタインに触れる記事を書きたかったのですけど、何も言葉が出てこず諦めました。はぁ悲し。

誰が悪いよりも何をすべきか

どっちの言い分も分かる 騙す方が悪い。騙される方が悪い。騙す方は悪を為しているのだから、問答無用で一番悪いに決まっている。いやいやでも備えたり警戒したりできるものをそうしないで被害に遭う人もいるのだから、それは自業自得でしょ。うーん前者を支…

【今週のお題】童心をとり戻そう

今週のお題「復活してほしいもの」 童心 信じられない 今年で二十六歳である。いよいよ一日一日が目まぐるしく過ぎていくのを肌で感じられるようになってきた。もう二〇二二年であるという実感は全くなく、その二〇二二年も一か月と二週間が経とうとしている…

自分が他人をそう思う時、他人も自分をそう思っている(かもしれない)

双方性の法則 自分が他人を嫌いだな〜と思う時、たぶん自分は既に他人に嫌われている。自分が他人を馬鹿だな〜と思う時、たぶん自分も既に他人に同じことを思われている。誰かにマイナスのイメージを抱く時、実際はどうあれ、この双方性の法則はだいたい働い…

他人の口から出る私は恥ずかしい

他人の口から出る私は恥ずかしい 他人の口から自分のこと、特に性質や特徴などを言われるのはかなり恥ずかしい。自分が自覚していなかったことなら尚恥ずかしい。なぜこんなにも恥ずかしいのか。最近少しだけその答えがわかった。たぶんそれは「自分のことは…

助けは必然的にお節介になる

助けは必然的にお節介になる 人が「助けて」と口にしない状況は二つある。そもそも助けを必要としていない時と、声をあげることさえできないくらいピンチな時だ。この二つ見分けるのは案外難しい。肉体的なものや外的要因によるものならまだしも、精神的なも…

毎日とんでもないことが起きている

とんでもない ブログを開設して以来、毎日のアクセスが必ず一以上はある。これは何かとんでもないことなのではないかと時おり思う。毎日自分の書いた文章が誰かしらに読まれているのですよ。あぁとんでもなくとんでもないな。 ネットに書けばいつかは絶対誰…

お休みです

眠いのでお休みです。もう一ヶ月と一週間が過ぎたことに戦慄しています。まだ今年始まったばかりでは…

何に基づいて生きればいいのだろう

真実と事実 真実というのは常に自分自身にしか分からない。どれだけ言葉を尽くして他人に語ろうとも、その真実が他人に伝わることは決してない。なぜなら、自分は他人でなく他人は自分でないからである。私にしか見えないものがあるから私は私であり、他人に…

偏見についての私の偏見

偏見は根深い アニメを見ていた。そこに派手なスーツを着て金のネックレスをつけた七三分けの細い目をした猫背の男が二人のボディーガードを連れて登場した。私はあぁこの人は悪役なんだとなと思った。結果としてそれは当たっていた。制作側もたぶん登場時点…

いいものは墓場まで持っていきたい

あなたならどうする ここにすごくすごく素敵なご飯屋さんがあるとしよう。味が美味しいとか、コスパがいいとか、雰囲気が堪らないとか、とにかくご飯屋さんとしての全てのよさを兼ね備えた最高のお店があるとしよう。そのお店は普通にはまず見つけられないよ…

嫌いを嫌悪に変えてはいけない

嫌いと嫌悪 「嫌い」と「嫌悪」をあえて分けて使ってみよう。嫌いは「不快を感じる」くらいの意味で、嫌悪を「消えてほしい」のような意味で使う時、果たして自分にはどのくらい嫌いな人がいて、どのくらい嫌悪している人がいるのだろう。不快を感じるからと…

理由は気にせずしたいことはただすればいい

したいの理由 つまるところ「したいこと」の理由はどの程度求めるべきなのだろうか。したいことに対して「なぜ」と真剣に問えばおよそキリがない。問題はどこで自分が納得するかということにならざるを得ないからである。熱量を持って問えば問うほど、どんな…

意志と責任の立ち位置について

どっちも正しい 生まれることは選べない、だから生きていることに自由意志やら自己責任やらを求められるのはお門違いだ。心の底からそう思う一方で、人生は自分の意志で責任を持って進めていかなければ始まらないというのもまた事実である。つまり意志と責任…