底辺人間記録

底辺人間の行き場なき思考の肥溜め

2022-06-01から1ヶ月間の記事一覧

お休みです

お休みです。

大丈夫、だって私人間だもの

自信がない 私には自信などというものはさらさらない。ブログ名からも分かる通りに多くの場合に卑屈で、自分は本当に何もできないなと常々実感している。それでもその卑屈さに殺されず、自信のなさに絶望せずになんとかここまで生きてこられたのは、偏に私が…

人は絶対に自由である

自由は保証されている 「〜してはいけない」という禁止文句が効力を持つことは基本的にありえない。大抵は罰則がつけられ「〜したら罰則を与えますよ」の形で、個人が「したくならない」ように仕向けているだけである。言葉は個人の自由領域には届かない、そ…

死を選んでいない事実に目を向けてみる

一旦死にたい 人生の最大の不自由は「一旦死ぬ」ができないことにあると思う。つまり生死の間に選択権がない、死んだら絶対にもう二度と生きられないから、死へのハードルがグッと高くなり、生きることに辛抱が増えてしんどくなってしまう。辛いことがあった…

他人の言葉の真意を考えてみる

主語と述語の省略がもたらすもの 「そんなことは無意味だからやめてしまえ」と誰かに言われても、そのものが私にとって意味があるかどうかは私が実際に感じているところによるのだから、私が意味を感じている場合には「あなたは無意味に思うのですね」としか…

自分のありありとした現実から思考をスタートさせる

思考の意味 人に考える能力があるのは何故なのか、それは生物的に見るなら、目の前の難所をどうにかこうにか攻略するためだろうと思う。今死なないために何ができるのかと的確に判断する必要に迫られて考える能力が生まれたのではないか。知らんけど。今から…

誠意についての諸々

1 何か悪いことをしてしまった時、それを黙っているのと告白するのでは、明らかに告白する方が「善い」であろう。逆に何か善いことをした時には、今度は善いことをしたのだと誇示せずに黙っている方が端的に「善い」ことになろう。しかし改めて考えてみるに…

距離を置く必要と罪悪感

距離は大事なんだけど… 何事にも距離が必要である。近ければ近いほどよいというものでははない。近づきすぎれば全体像を掴むのが難しくなり、そのものを正確に把握することが出来なくなったり、そのものをするために必要な日常生活の方が疎かになってしまう…

やる気が低迷している話

やる気がない 一周年目前だというのに、ブログに対するやる気が低迷を極めている。どうしてかと言えば、このままでいいのか?なんて問にすっかり足を搦めとれているからだ。今日までこのブログは記録のていでやってきたが、それはあくまでていに過ぎない。本…

お休みです

今月は本当に調子が悪いみたいですね。ゆっくり休みます。おやすみなさい。

そもそも形はないのではないか

そもそも形はないのではないか 幸せの形は人それぞれ。努力の形は人それぞれ。何とかの形は人それぞれ。このブログでも散々多用してきたフレーズだが、本当にそうなのだろうかと疑い始めている。いや何も「人それぞれではない!皆同じ形だ!」などと言いたい…

苦しみの原因は未来にあるかもしれない

未来のせい 今自分の抱えている苦しみが解決されないのは、未だ社会制度の充実がまだまだ不十分で、科学技術の発展がまだまだ途上にあるからだという見方もできるのではないか、とふと思った。つまりは私達が歴史を振り返って、昔はこんな理不尽が曲がり通る…

大切にするとはどういうことか

大切にするとは 何かを大切に思うことはとても簡単だ。それはただ思うだけでいいのだから。だが「では実際にそれを大切にしてみてください」と言われると、途端に果てしなく難しい。何をするべきなのかを一体どんな基準で決めたらいいのか、さっぱり分からな…

お休みです

久しぶりに髪を切りたいと思い、前記事にもした美容院を再度予約しようとサイトを覗いたら閉業していたと知り大変にしょげているためお休みです。 shikouzakki.hatenablog.com

諦めるとは何か

諦めるとは何か 諦めるとはつまり何をすることなのかと考えている。できることはできるしできないことはできないという観点から諦めるを見る時、その意味をうまく汲み取れなくなる。できそうだったけど現実的にできなかったのならそれはできなかったというだ…

生きていることは自然であることよりも価値とされている

自然である価値<<<生きていること 何かが自然であるということには一定の価値がある。少なくとも不自然であるよりはいいと思われる場合が多い。自分なんてものはその最たる例で、「ありのままの自分」とはもはや腐るほど耳にする言葉であろう。何かがそれ「…

ブログは勢いに任せて出すべし

1 自分のブログはまじまじと読むもんじゃないと思う。特に出来上がって出す直前なんか絶対にやってはいけない。こんな文章本当に出す価値あるか?と冷静な自分が必ず横切ってしまうからだ。読めば読むほどに、詰めが甘いと感じるところや言い回しが気に入ら…

自分の確実なアイデンティティ

Q:この記事にはアイデンティティという言葉が何回出てくるでしょう つまるところ、確実に自分のアイデンティティと言えるものは「存在している」というそれだけであろう。他の一切を取り替えても、それが保たれている限り自分は存在しているのだし、逆に他…

大人が忘れてしまうこと

ブログを書く一つの理由 私がブログを書く一つの理由には、もっと若かった頃の私がまさにこういうものを読みたかったということがある。子供の頃、周りの大人が教えてくれたことはただこの社会を生き抜くのに必要であるばかりで、肝心の世界が存在することの…

逃げるは恥でもないし役に立つ

問題を解決するためにこそ一度逃げる 逃げるということは根本的な問題を回避しているだけの一時しのぎに過ぎない。だから逃げるのは正しい選択ではないと思われがちだ。しかしそもそも逃げたいと思うような追い込まれた状況下では頭は上手く働かない。気持ち…

環境の改善はほどほどに

概ね満足でおけ 世界は私のためにあるのではないのだから、自分にとって百点満点と言える環境はきっとこの世界にはない。大まかな合う合わないはあるにしても、全てが理想通りで完璧というのは無理がある。だから環境を改善する一方で、自分の方が環境に合わ…

お休みです

調子が悪いのでお休みです。六月も先が思いやられますね。

私が本を読む理由

たぶんね 二十五年生きて来て、本というものを常々読むようになったのはたかだか最近の三、四年である。本を手にとるようになったきっかけは今ではもうよく思い出せない。振り返って考えるにあの頃の自分は孤独だったのだと思う。それは偏に私が勝手に自分の…

このブログにとっての出来が悪い記事とは

アップする時間はいつも通り改ざんしております 何も書きたいことが決まらないまま四時になってしまった。いやいや流石にやばいって。もうなんでもいいからとりあえず書けよ。そういう思いで今筆を進めております。書きたいことがないので書きたいことがない…

お休みです

書くことがうまくまとまらなかったのでお休みです。

大丈夫人生こんな時もある

心が沈んでいると忘れてしまう あー最悪…もうイヤ…無理…。と気持ちが切羽詰まること。これまでの人生で幾度となく経験してきた。全てがしんどくなり、何もかもを投げ出してしまいたい思いに圧倒されて、心底生きるのが嫌になってくる。そういう時に私が自分…

自分が何をしているのかを知るのは自分だけ

天と地ほどの認識の差 今自分が何をしているのか。それは他人には分からない。座ってボーッとしているように見えても、実は深く人生について反省しているのかもしれない。ベッドに寝っ転がっているだけに見えても、実は負の感情と必死に戦っているのかもしれ…

理不尽な好き嫌いをそのまま生きる

好き嫌いは理不尽 好き嫌いは誠に理不尽である。何かを好きになることも、何かを嫌いになることも、そこに「正当」な理由は存在しない。どんな理由を持ってきても、好き(嫌い)にならないこともやはり有り得たからだ。現実において、人はただ自分自身に快をも…

プロと一般人の話(謎目線)

プロと一般人の話 プロが拘り抜いてつくったもののすごさは、一般人には分からない。一般人には分からないところまで拘り抜くのがまさにプロだからである。評価においても、一般人は自分の感覚や好みによってそのものの価値を決めるが、プロは当然そうではな…

できないは信じてもらうしかない

理由とかなくてただできないことってあるよ 他人からは「ただすればいいだろ」と言われてしまう、本人にしかそのできなさが分からないようなことがある。本人にとっては確実にそこに越えられない壁が聳え立っているのだけど、他人には見えないので、往々にし…