底辺人間記録

底辺人間の行き場なき思考の肥溜め

気持ちの整理と目の前の問題を分けて考える

人生でぶつかる難事は二つ

人生において自分の役に立つ言説は大まかに二つに分けられると思う。一つは気持ちの整理に役立つもの、もう一つは目の前の実地の問題を解決するのに使えるものである。現実で人がぶつかる難事と言えば、だいたいこの二つのどちらかではないだろうか。気持ち的に向き合うのが難しいこと、実際的に解決の仕方が分からないこと。この二つへの対処法は面白いことに、得てして正反対になる。だから情報を収集する際には、それがどちらに対しての言説なのか、きちんと留意しなければならない。

 

 

甘い言葉を読んでいるという自覚が必要

気持ちを整理するのに役立つ言説は、当たり前だが、自分を鼓舞してくれるものであったり、慰めなどで傷口を癒してくれるものが多いので、耳触りのいい言葉ばかりになってくる。あくまで目的は気持ちの整理なので、ほとんどのものが「そう考えれば楽だよ」というような導きの仕方をしているのである。だから、それらを読む時にも、そこに十分気をつけなければいけない。少なくとも、それを目の前の問題を解決してくれるものだと勘違いするのだけは絶対に避けた方がいい。解決しないどころか、余計に遠のく可能性が高い。気持ちを楽にするというのは、多くの場合に目の前の問題から目を背けることによって成立しているのである。

 

 

問題に挑むのなら気持ちは一旦置いとく

目の前の問題を解決するのに使える言説は、得てして厳しいものばかりだ。実行するのが酷く難儀であったり、人の心を抉るようなものさえ平気であったりする。これはそもそもの現実が難解で厳しいせいである。それらを読む時には、自分も一旦気持ちを置いておく必要がある。そうでなければ、問題を解決するのに有効的な言説を端的に見逃してしまうだろう。自分が簡単に気持ちのいいまま行える範囲の言説だけをかき集めても、自分が気持ちよくいられるだけで、目の前の問題解決には役立たない。

 

 

かっこ悪いやん…

気持ち的に向き合うのが難しいことは、とにかく自分がポジティブに奮い立つことができればそれで全ては解決なのだから、楽になれる考え方をどんどんと取り入れて乗り越えればいい。けれど、目の前の問題を解決する時にはそれではいけない。いけないというより現実はそれでは解決できないものばかりだ。目の前の問題を解決したければ、真実を見つめる覚悟と苦労を惜しまない姿勢がなくてはならないのである。その覚悟と姿勢を持てそうにないなら、まずはその気持ちを整えることから始めるべきである。でなければ、耳触りのいい言説ばかりに踊らされて、実際には目の前の問題を何一つ解決できない、ひどく残念な大人になってしまう。

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