底辺人間記録

底辺人間の行き場なき思考の肥溜め

思うの二つの意味

引き続きやる気がない

今日も今日とてネタもやる気もない。のでダラダラ書いていくことにします。なんでそれでも書こうとするのかはよく分かりません。そんなにやる気がないなら早くパソコン閉じて眠ればいいのに、と自分でもそう思う。思うけれど、思いながらもキーボードを同時進行で叩いている。そう思うことと自分の行動って別に全然関係ないんだな。いくらそう思っていても、実際にはそうしていないってことはたぶんよくある気がする。というか、実際にはそうしていないからこそ、そう思うのか。実際にそうしていたら、もうわざわざそう思う必要ないもんね。そりゃそうか。

 

 

思うの二つの分類

思うということにはざっくり分けて二つの意味があると思う。一つは自分の心や頭にそういう声があるということ、もう一つはもっと抽象的でなんとなくそう感じたり考えたりしているものだ。例えば今自分が声に出さずに心の中でたこ焼き食べたいと唱えると、これは前者の意味での思うになる。一方でこの段落の最初の文末につけたような思うは自分の考えを述べたものなのでこれは後者だ。前者は声に過ぎない。だから私は別に今実際にたこ焼きを食べたいわけじゃない。でも後者は実際と深く関わっている。後者の場合の思うは全部本当のことだ。後者の意味でたこ焼きを食べたいと思えば、つまりは本当にたこ焼きが食べたいのである。

 

 

怖い怖い

そう分類してみると「そんなにやる気がないなら早くパソコン閉じて眠ればいいのに」はたぶん前者ということになる。ただそういう声がしただけで、本当に自分がそう思っているわけじゃないのだろう。ところでさっきから声声と書いているが、その声の正体ってなんだ。本当にそう思っているわけじゃないということは、自らに唱えたのでない場合には、その声は自分の思いとは無関係に勝手に頭や心に浮かんでいることになる。無関係なのに自分だけに現れる。なんか恐ろしいですね。

 

 

なんか声がしただけだよ

実際、人は前者の得体の知れない声を後者の本当に自分が思っていることと勘違いしている時が多々あると思う。そういう声に従ってやったけど後悔した経験って誰にでもあるんじゃないか。知らんけど。得体の知れない声はただどこからともなく流れてくる漂着物のようなものだと私は解釈している。それが何なのかは一つ一つよく観察してみないと分からない。プラスチックゴミなのか、貝殻なのか、はたまた他の何かなのかは近づいて眺めてみないと分からないし、時には眺めてもよく分からないのである。盲目的に全てに従うべきものじゃない。声がしただけで別になんの意味もなかったということは多分にあり得る事態である。

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