底辺人間記録

底辺人間の行き場なき思考の肥溜め

人生を始められる人始められない人

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生きているけど、まだ人生を始められていない人ってどのくらいいるんだろうか。分からないけど、少なくとも私はその一人だ。私の人生はまだ始まっていない、始められていない。何かを始めるにはスタートラインに立つ必要があるから。私はまだそのスタートラインにすら辿り着いていないから。スタートラインがどこにあるのかははっきりしている。それは一人の人間として、一つの主体として確かな価値を感じながら、眼前に現れる様々を自分の手で選択しながら生きていくことだ。過去は自分で選んだのであり、今は選んだその結果を生きていて、未来も変わらずにそれを積み重ねていくのだと無根拠に確信している、人生を始められているとは、つまりそういう状態のことである。

 

 

2

人生を始められていない人には選択している実感がない。全てがその場のノリと、強いて言うならこれというような消去法によって決まっていく。濁った泥水の中で生きている感覚だ。過去は振り返れないし、今は地に足がついていない、未来も当然見通せない。何も分からない中で、ずっと右往左往ばかりしている。でもそんな中でも一つだけ分かっていることがある。それはとにかく人生を始めなくちゃいけないってこと。人生を始めるために何をすべきなのか、それを考えなくちゃいけないってこと。それを考えなくちゃ人生は始まらないってこと。

 

 

3

人生を始められている人は、ゼロからどんどん数字が大きくなっていくイメージだ。それに対して人生を始められていない人は、マイナスからゼロに向かっているイメージ。双方は基本的に相容れない。最初からゼロに立っている人は、マイナスの領域を上手く想像できないし、逆もまた然り。

 

 

4

プラスの数字を積み重ねていた人がある日、何かのきっかけでマイナス側に転落することはある。こんな人生生きてなんになると呟いて、全ての選択に価値を見いだせなくなったりする。しかし一度マイナスに踏み込むと、ゼロまで這い上がってプラス側に戻るのはかなり(かなり)難しい。簡単にはゼロに行けないからこそマイナスの側にいるのだから、これは当たり前だ。マイナス側にいる人間はもはや死んでもゼロには辿り着けないのだと思う。-1と0の間にさえ無限が横たわっているからだ。ゼロにちょっと近づいたことを喜びにして、死ぬまでそれを繰り返すだけである。選択は既にゼロに立っていてプラスに進んでいく人達の特権だ。マイナス側にとって大事なのは、何かを分かったり、何かを閃いたりなどの、自分自身には一切選択の余地がないようなことばかりである。

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