思考雑記
1 新居に越してきて気づいたこと。隣人がくそうるせぇ。どうやら毎日夜中に熱唱するか、人と楽しく通話するのが趣味のようで、しきりに音楽の音と歌い声、高めの笑い声が聞こえてくる。こういう時のお役立ちアイテムとして、私はノイズキャンセリング機能搭…
1 言葉というのものは自由には使えない。もちろん、どんな言葉を選ぶかは自分の自由だが、その意味は固定的である。既存の言葉には全て定義やその指定する範囲というものがあって、それを無視して自分勝手な意味で使っても、端的に用法を間違えているだけの…
1 世界の広げ方は大雑把に言って二種類ある。一つは自分の未知なものをどんどん仕入れることだ。ジグソーパズルで言えば新しいピースを自分の中に取り込む作業である。へーこんなピースもあるんだと知っていくことで、単純に量が蓄積されていくので、その分…
1 人間ひとりの愛はすごく脆いのだと思う。何かしらの抵抗を少しでも感じると、それだけでバラバラと崩れ落ちていってしまう。臆病だと言い換えてもいいかもしれない。何かと愛する対象に対して、慎重になりがちなのである。愛はそれだけ人にとって貴重であ…
1 自分が今既に持っている「よい」ものを失うというのは大抵苦痛を伴う。それは「なぜ」失われなければないのか、端的に答えがないからだ。答えはないのに、現に失っていることだけはよく分かるから、本当やるせない。何の「よい」を失うにしても、そうでは…
未来は今には手が届く 未来には無限の可能性があるけれど、なんでもできるというわけではない。それは自分自身の能力の限界から言ってももちろんそうなのだが、未来というものの性質からしてできないこともある。ズバリ、過去を変えることだ。過去は文字通り…
一瞬生きるだけなら誰にでもできる 人は一人では快適に長く生きていけない。存在するのは自分の力ではないから一瞬生きるだけなら生まれてきた全ての人に可能であるけれど、それをより快適なものにしていくことと、より長く続かせていくことには他人の力が必…
1 無は無なのだから、そんなものは無い。この世には最初からそもそも有しかない。全てが有なのであり、有こそが全てなのである。しかし、もしそうであるとしたら、上の言葉は変である。だって本当にそうなのだとしたら「有しかない」の「しか」は意味を持た…
その通りだけどそれは当たり前のことだ 昔の時代に比べ、根性や忍耐力がない人が増えたという言説を見かける機会は多い。これは自分の肌感覚としても、まさにその通りだと感じる。時代が進み豊かになっていくにつれ、そうなっていくのは必然とさえ思える。昔…
言葉の三つの存在意義 言葉とは何のためにあるのか。最近の私が出した主要な答えは三つだ。一つ、他人に交じるため。二つ、他人に要求を通すため。三つ、自分の魂を見せるため、である。話の内容とか相手の反応とか、そんなのは二の次で、とにかく自分が喋っ…
平等は下らない 平等というのは実に下らない。何が下らないって、等しくあるそのことが既に下らないでしょう。等しくあるとは即ち、あるのが当たり前の意味なのだから。当たり前のものは全てにおいて下らないに決まっている。それが当たり前という言葉の定義…
グラデになってる 自分のできることできないこと、と一口に言っても、現実はそんなに単純明快ではない。できることの中には、すごーーく死ぬ気で頑張ればできることから息をするように片手間でできることがあり、できないことの中にはどう転ぼうが、逆立ちし…
ルールはなぜ作られるのか ルールというのは基本的に作った側にメリットがあるようになっているはずだ。でなければ、端的につくる意味などないのだから。ルールに従ってもらうことで、集団の活動が円滑に進み、作った側のメリットを実現しやすくなる。だいた…
消し去るは難しい 一度存在したものを完全に消し去ることは容易ではない。なぜなら、そこには人の記憶があるから。関わった全ての人が忘れるのでない限り、ものは形を変えてあり続ける。だから、もしこの世から何か消し去りたいことがあっても、簡単には成し…
人は矛盾する生き物 人は矛盾する生き物だとよく言われる。これはその通りだろう。そもそもその存在の形式から人は矛盾を免れないのである。望んで生まれてきた人はいない、故に望んで生きている人も当然いはしない。だけども、人は生きている。既に存在した…
なぜか間違えない 世界には約80億の「私」がいる。言語は違えどみんながみんな「自分」を「私」と呼ぶのはどこでも変わらないはずだ。じゃあその80億もいる私の中から、人はどうやって、自分の私を識別しているのだろうか。どうして「私」を間違えるなんてこ…
感じるの違いはどこから 個であるところの人間はみんなそれぞれに違う。でもその違いを支えている根幹は人間みんな同じである。心があって、何かを感じる。感じたものは千差万別でも、感じるというその働きは誰しもに共通しているであろう。感じたものが千差…
人生でぶつかる難事は二つ 人生において自分の役に立つ言説は大まかに二つに分けられると思う。一つは気持ちの整理に役立つもの、もう一つは目の前の実地の問題を解決するのに使えるものである。現実で人がぶつかる難事と言えば、だいたいこの二つのどちらか…
なぜ 人はなぜ大切にされるべき存在なのだろうか。大切にされるに値する源は一体どこなのか。今回はそれを考えてみたい。 理由として不十分 「一つの命だから」と言う人がいる。失えば二度と元に戻らない一回性のものだから、大切なのであると。これは確かに…
目的に正解はなくとも手段にはある 生きている上で人それぞれが持っている目的や理想に正解はない。そこは何を持つべきかなんていう「べき性」が働くところではなく、違法でない限りは完全に個人の自由に属する領域である。誰しも自分が思う正解を思う通り生…
真剣も時には考えもの 真剣に生きていくこと、それは偏に素晴らしい。自分の人生に対してただひたむきに向き合っていくのはどう考えてもよいことである。だが時として、それはどうしようもない種類の生き苦しさを生む。真剣に生き過ぎたために、熱意が有り余…
1 人は正しく生きられない。生きることと正しさはすこぶる相性が悪いからだ。生きるとはつまり裏を返せば生かされるということであり、我々は常に数多の生物や自然環境を犠牲にし、先人達の生き様や努力の結晶と、今まさに隣で生きている他人に助けられなが…
人を人たらしめているものはたった一つ 人と人の間には必ず同じでなければならないことと、たまたま同じであることがある。つまり、人を人たらしめていることと、あくまでそういう特性や傾向があるに過ぎないことの違いだ。人を人たらしめていることは実はそ…
1 人は人間を二分するのが大好きだ。やれ勝ち組負け組だの、根明根暗だの、幸不幸だの、頭の良し悪しだの、才能があるかどうか、美貌があるかどうか、お金があるかどうか…。挙げればキリがない。きっと二分すると、「価値」の有る無しを簡単に決められるから…
くそくらえ ある日ただ散歩に行こうと思い立って家を出た。歩道を歩いていると突然「ボトッ」という音がして、それと同時に頭に僅かな感触があった。確認するように手でその箇所に触れてみて分かった。それは鳥の糞であったと…。というのは、この時鳥の糞を…
いいことを教えるはいいこと? いいことを教える、は必ずいいことだろうか。普通に考えれば、その通りだろう。教える内容がいいことである限りいいことであるはずに違いない。少なくとも悪いことにはなり得ないはずだ。だっていいことを教えるのですよ。いい…
どちらかしか選べない? 今の自分に対して満足することと、もっと上を目指して変化していくという二つのことは、両立可能な事態だろうか。感覚的にはどうも無理そう。満足しているならもう変化したいとは望まないはずだし、変化したいと望むのはつまり今に満…
いいものといい見せ方 いいものを見せるということと、いい見せ方をするということは全然違うはずだ。定義的には、いいものはどんな見せ方をしてもいいものであるし、どんなものをいい見せ方しても、それはいい見せ方であるだけで、元のもののよしあしとは全…
偽物の偽物たる理由 偽物はなぜ偽物と呼ばれるのか、それは偏に本物のようで本物ではないからであろう。注目すべきは「本物ではない」の方ではなく、「本物のようで」の方である。つまりは本物に似ていることが問題なのだ。偽物が偽物である最大の理由は、本…
1 約束というものを人はとても重んじる。約束とは記憶に直結するものだからだ。記憶とは人のアイデンティティの根幹である。顔や背格好や性格や言葉遣いや振る舞いなんてものとは比べ物にならない遥か中心で自分のことを支えている。他のものと違って、記憶…